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このはな池のライフシール

2017-06-04 Sun 01:39

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ホロスコープからのリーディングアートです。

2012年くらいから40枚くらい、描かせて頂きました。

一枚、一枚に、深い思い入れがあります。

私は絵を通して、ホロスコープに入っていく占星術師です。

先日、エドガーケイシー氏のライフシールを制作して、

新しいホロスコープを絵(形)から紐解いていく方法にチャレンジしていこうと決意しました。


ライフシールとは、古くから使われてきた言語を超えたシンボルを見つけ出し、

それを使うことで、遡って魂の記憶を探るためのものです。

決めるまでに、ケイシー氏の本意と、シンボルに対しての深い洞察を自分へ求めました。

その結果、実際に始めながら、制作していく方が良いのではと考え、

ここでモニターとなって下さる方を募集致します。

モニターになって下さる方とSkype、又は対面でお話を進めながら、

今回は主に出生図の「月」をポイントにライフシールを制作しようと思います。

果たして、どこまで私がホロスコープの「月」から象徴となるシンボルを探り出し、

それをライフシールとして制作できるかは未知数。

なぜ「月」を選んだかというと、月が「記憶」だからです。

ライフシール制作の大まかなプロセスは、

① 出生図の鑑定を通して、月の位置とアスペクトを紐解きながら、
   印象深い出来事を、色や形に直していきながら、当てはまるシンボルを探す (時間は約40分)

② そのシンボルを私が絵に描いて、後日お送りした後、
   改めてそのシールが示す、一連の過去を思い出し、努力するべき性質、
   または、過去に根差している問題に関して、紐解きを始める。
   (完成までに2週間ほどお時間を頂きます。絵をお送りしてからカウンセリングのお時間は約40分)

③ 出来るだけ目につく場所にライフシールを置き、その後の気づきを書き留める

Skypeでは出来るだけカメラを使いたいと思います。


モニター価格 13000円 (①~③までの工程、ライフシール「絵」も含む)



この③つのプロセスで行いますが、長い時間が必要なため、モニターさんは3名のみの募集とします。

どのようなシンボル「ライフシール」が完成するのか、今の時点では判りませんので、

私を信頼して下さることが第一条件になります。

後日ブログなどで鑑定結果をお名前は伏せて公表させていただく場合がありますので、ご了承下さい。

ライフシールはこのフレームにお入れしてお送り致します。

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エドガーケイシー氏のシンボルに対する認識は、私ととても似ており、共感できるものでした。

まずシンボルは神ではないという点。

象徴は万物の主たる神の召使にすぎない。汝もまたそれであるように

シンボルは一つの鍵のようなものです。

その鍵を使い、ホロスコープの扉を開けて、自己を知り、才能を認知し、何をすべきか気づきがはじまる。

言葉を超えたところから、言葉ではないメッセージをお伝えするのが、

このはな池の「ホロスコープのライフシール」です。



お問い合わせ・お申込み
6/4 お陰さまでモニターさん決まりました。ありがとうございました❤


このはな池  菫 Sumire 

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15歳の土星

2017-05-21 Sun 23:17


土星と娘の観察。

今年受験生の娘(シー)を見ていて、思うことがある。

君には無限の可能性がある・・・なんて言葉で成長してきた世代の闇。

これは私くらいの世代も少し噛んでるかもしれない。

15歳くらいで、出生の土星と現在の土星の位置がちょうど向かい合う。

世の中と向き合うという感じかもしれない。

希望的観測では進めないのが、きっと受験なんだろうな。

ここで平均的にバランスを取りながら、

どの道へも進める「可能性」を残したいのが、きっと本音だけど、

何者かになろうとするなら、

退路を断ちながら進んで行くしかない場合もある。

土星の判断は正しい。かなり正しい。

この枠を超える為の力は、15歳には無い。

自分のアイデンティティを土星と向き合いながら、どう形にするのか。

受験で悩んだり、苦しんだりした人の方が、

その後の道が確固たるものとなる・・・・と、自分の経験で思う。

何故なら、私は少しも受験で苦労していないから、その分のジレンマを後で味わった。

土星はリアルで向き合うのが一番良い。

諸葛孔明の

優れた人は静かに身を修め徳を養う

無欲でなければ 志は立たず

穏やかでなければ 道は遠い

学問は静から 才能は学から生まれる

学ぶことで才能は開花する

志がなければ 学問の完成はない


この言葉の通り、才能は学から生まれると大人になった私は知っている。

これまで、自分の才能に胡坐をかいて努力しない人を沢山見てきた。

謙虚に学ぶ人が、確実に自分を開花していく姿も沢山見てきた。

土星が出生図に鋭く効いている時期は、泣きながら、自分を呪いながら、

めちゃめちゃ考えて、何かを学ぼうと懸命に努力した人が、

その「無限の可能性」とかいう言葉の前にいつか立てるのかもしれない。

その時、きっともう、可能性を無限に求めたりしないだろうけれど。

一つでいい。

この道一つで、大丈夫だと思えること。

そこに到達できるのは、まだまだ先だけどね。

15歳と土星をもう少し観察していこう。



スミレ


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オーラ視の感想を満月の夜に書く

2017-05-11 Thu 23:27

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結井さくらさんに、オーラ視をお願いしました。

さくらさんに、上半身から下半身、全身と、私が放つ「色」を声で聴きながら、

頭の中で「色」が溢れてきて、私は生きているんだな・・・と、

そんな当たり前のコトに、ジーンときてしまった。

 
オーラとは、私が色彩を身にまとっているようなイメージでした。

世界中の全ての人達が色彩に包まれている場面を想像すると、

「好き」も「嫌い」も、「敵」も「味方」も無いような気持ちになる。

何故なら、私は全ての色が好きだから。


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背中のオーラを視ながら、「エネルギーの源はこころ」にあると言われましたが、

全くそうなのだよと、頷く。

私は基本的に自分の直感を信じない。

それが正しいとしても、そこへ向かう道を実際歩んでみて「知るコト」を選ぶ。

頭(知識)がそれを得なければ、きっと満足しない。

だけど、いつも思っている事があります。

きっと最終的に、私は「情」に叶う方を選ぶだろうな・・・と。

おい、おい、知識はどうした?と、自分に突っ込みながら。

ヘッセの「知と愛」という小説みたいだ。




それから下半身のオーラは寒色系だそうで、

もう少しグランディングした方が良いのかもと思い、

ペディキュアは「赤」にすることにしました。

でもこのまま、いつかとんずらしそうな空気感で、

ふわふわと生きていくのが、愉快だろうな。

縛られるのはまっぴらだから、誰も何も縛らないよ。



さくらさんのオーラ視の後、こんな事を一人で考えて、

時々フッと笑ってしまったり、考え込んだり、マニキュア買ったり、

他愛もない大切な時間を経験しました。

オーラ視を受ける前より、きっと私の色は幅をきかせているに違いないと思う。

パーンと放つ。

色が飛ぶ。



結井さくらのオーラ視




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ダメダメな夜

2017-04-19 Wed 00:50



再生する時、音量がマックス設定になっているので気を付けてね。

クタクタになって、フニャフニャになってるときに、
 
命は美しいとか、
 
尊いとか、
 
そんな言葉は、心まで届かない。
 
いっそ、死んでしまいたいとか、
 
死んでくれとか、
 
そんなフレーズのほうが、
 
何か笑えて、
 
やっぱり?それしかないか?とか、
 
おセンチを通り越して、
 
どうでもよくなって、
 
それが何だって?
 
それがどうしたのかって?
 
そんな気持ちになって、
 
なんにも期待しなくなる。
 
それで欲張ってバタバタしている自分が、
 
可笑しくなって、
 
そっとしてよって、
 
眠くなって、私は眠る。
 
 
ブルースは超ネガティブパワーで、
 
私をヨシヨシと、
 
眠らせてくれる。
 
 
 
ありのままの気分で、
 
眠れたら、
 
無理して誇り高い自分へ手を伸ばすより、
 
今のところはこのまま、
 
ありのままで自分を笑えたほうが、
 
よっぽど、生きていられそうな気分になる。


たまにはダメダメな夜から、愛を込めて。
 
 

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太陽は目的もない

2017-03-26 Sun 01:15

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前回、太陽には耳がないを書きながら、あえて書かなかったコトがある。

それは西洋占星術の太陽は、西洋の思想であり、

西洋の基本思想は紛れもなく、「我在り」なのだ。

だけど日本の基本思想は、「無我」であり「無私」

これは意識的にそうだと認識していなくても、この国の成り立ちや歴史の中で培われたものだから、

改めて言葉にするとしっくりこないかもしれない。

西洋占星術における太陽は、確固たる私があって当たり前だから、

太陽を生きるというのは、正真正銘の私を生きるという感じになる。

それでは日本ではどうなのか?と考えると、

この国では「私はいない」のだ。

自分を生きることがとても特別で、そのようなタイトルの本や講座が開かれていたりするほど、

我在り!の太陽は見えずらい。


私の好きな本で「弓と禅」という本がある。

この本は大正時代、ドイツからきた大学教授が弓道を通して禅の教えを習得していく様を描いていて、

西洋からきたヘルゲル教授が西洋の思想で弓道の世界へ入り、

そこで日本の「無我」と「無私」の思想へシフトチェンジされていく様子が注意深く書かれている。

ヘルゲル氏は、矢を放つのは「自分」だと思っている。

師範が矢を放つように、ヘルゲル氏も矢を放とうとするが上手くいかない。

師範はヘルゲル氏に、矢を放つのは「あなた」ではない。

「それ」が矢を放つのだと言う。

「それ」が現れ、矢を放つと。


「正しい弓の道には目的も、意図もありませんぞ!あなたがあくまでも執拗に、

確実に的にあてるために矢の放れを習得しようと努力すればするほど、

ますます放れに成功せず、いよいよ遠のくでしょう。

あなたが余りにも意志的な意志を持っていることが、あなたの邪魔になっているのです。

あなたは意志の行わないものは何も起こらないと考えているのですね



これが「私」である!という明確な太陽が見えないとき、

太陽を見つけることが目的になる。

私にここで明確な答えを示すことはできないけれど、

目的のない道の先には、何も無いのだろうか。

目的だらけの現代人は、目的を持ってあらゆる行動を起こす。

目的を持たず近所を歩くことが、何か特別な儀式のようにさえ感じる。

太陽は耳がない。

そして多分・・・・目的もない。




ヘルゲル氏は、弓道の一連の動作を一部の狂いもなく繰り返し、

自分のオリジナル全くなしで、

呼吸法さえも言われるままに真似をし、

「わたし」が消えて、「それ」が現れる日まで、

来る日も来る日も射続けた。

そしてある瞬間、「それ」がやってくる。

師範は黙って見つめながら、ヘルゲル氏が矢を放った後、

「今、それが来ました」と告げる。

意志で矢を放つのではなく、「それ」が矢を放った。



太陽のもう一つの物語は、この弓と禅から引用しました。



この本の最後、ヘルゲル氏はドイツに戻ることになり、

師範から弓を与えられます。

だけど師範はこの弓を弾きこなせるようになった後、

記念に残してはいけない。

一塊の灰にして葬るようにと言い残します。


こんなふうに最初から最後まで、私のオリジナルを唱えることなく、

日々を繰り返す中で、静かに現れる太陽もあるのではないだろうかと、私は思います。



菫(Sumire)



















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