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2014-07-12 Sat 00:49



私は現在、キリスト教ではありません。

でも、過去生でキリスト教に深く関わっていたようで、

現世でもその関係は切れていません。


長崎の教会群を世界遺産へと言う記事を新聞で読みながら、

浦上への想いが心を過ぎりました。


浦上との出会いは、津和野のマリア聖堂に訪れた時でした。

浦上四番崩れ...江戸時代末期に見つかったキリスト教徒が、

地方に送られ改宗を迫られた...この時に浦上の信者が津和野へ送られ、

現在マリア聖堂がある場所で改宗を迫られました。




ここは日本で唯一の聖母降臨の地とされています。

「私は此三尺牢屋の内にて淋しゅうはござりません

九つ(夜十二時)よりさきになりますれば頭の上に青い着物に

青いきれをかぶりサンタマリア様の御影の顔立ちに似ております

御婦人がお現れくださる。そのひとが物語をいたして下さる故

少しも淋しゅうはごさりません。けれ共、このことは私が生きて

おるまでは人に話して下さるな」

明治二年一月七日より

十九日までの間、殉教者安太郎が高木仙工門と守山甚三郎に答えた言葉


私はなぜ出雲大社へ行く途中、津和野へ寄ろうと思い立ったのかは、

今考えるとよく分からない。

だけどこの地に立った時に、頭で考える前に心がこう呼び掛けた。

「私と一緒に行こう」

思ったつぎの瞬間、自分で自分に聞いた。どこへ?

だけどとにかく、みんな私と一緒に行こう、そう心が言う...。

それは止められるようなものではなく、とてもとても自然な感覚。

そしてその後ちょうど一年後の同じ日に、

浦上天主堂へ行くことになり、

私がそこへ到着したと同時にご遺体が到着し、

一度もお会いした事がない方のお葬式に立ち会う。

その時に何故一緒に行こうと思ったのか、ストンと腑に落ちた。

前にこの事を書いた時、

ある方にご子孫のお葬式だったのかもしれないと言われて、

なるほどと思いました。





私もいつの日にかキリスト教徒で、

真摯に一途に、信仰していたのだと思う。

今もロザリオと聖母像は私の大切なもので、

いつも側に置いてあります。






聖母マリア、空の上から私を見守って下さる方ではなく、

私達と同じ場所に立ち、より深い傷を負ったその姿さえ、

私達を慰め優しく励まして下さる。

私の中のマリア様は、そんな御方です。


浦上天守堂は東洋一美しい教会だったと言われていますが、

浦上五番崩れで、建物は崩壊してしまいましたが、

被爆のマリアは現在もここに在ります。


思い出す時、かなしいような、でも強いような、不思議な気持ち。

ただ心は透明。

勇気をふりしぼる。


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