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タイトルなし

2015-06-06 Sat 10:21









私が生まれ育った場所は、福岡県です。

ここは、九州で1番の商業都市。

チェジュ島まで飛行機で40分くらいらしいです。

父が1度、行って帰ってきて、その近さにビックリしていました☆

いつも遊びにいく、志賀の島(海の中道)から見える海は玄界灘で、

すぐ向こうは朝鮮半島。

ソウルへも近いです。



此処は、大陸との結びつきがあちらこちらに残っています。

それは攻めたり、攻められたり。

元寇とか、秀吉の朝鮮出兵とか・・・。

その他にも、古代の九州と、大陸との繋がりも残っています。




箱崎宮には海に向けて建てられ、

その海の向こうには、大陸があります。

博多湾は、満州からの引き上げの船がついた港です。

港を前に、沢山の女性が船から身を投げました。

敵国の子を身ごもっていた彼女達は、一目祖国を見てから飛び降りました。




いつから大陸は敵国になったのだろう。

私達は大陸から海を渡って来た、いろんな人達の子孫なのに。






この石は箱崎宮の中にあって、国(クニ)の一大事の時に目覚めるとされています。

その一大事は外的要因と結びついて、

内側から起こるのかもしれない。


この前、太平洋戦争前の朝鮮半島の映像を観ました。

大きな鳥居があって、

チョゴリを着た女性が沢山、その鳥居をくぐって、

神社に参拝していました。

目に見えないものが、人を支配するツールに使われ始めたのは、

いつからなのだろう。


此処からどれだけの人が、あちらへ行き、

どれだけの人がこちらへ来たのだろう。





私の海は玄界灘です。

この前、関東から来た友達と海の話をしていて、

海の感じが違うという話をしました。

彼女は関東だから、太平洋なんですね。

1度、雨の降る日に糸島(志摩町)の二見ヶ浦に行ったとき、

7人の外国人が海を見ていました。

夫婦磐が、扉のように感じました。

宗像の方の海、志賀島の海、人を感じない海はありません。






去年から、少しずつ「筑紫の君」のことを本で読んでいます。

八女、日田、宇佐。

時々、古い道を通ってそちらの方面に向かうと、

並並と昔の波が、私に押し寄せてきます。

この道、古いよね。と思わず訊ねます。

聞かれた方は、なんのことだか、解らないのだけど。


此処の歴史は、書物に残っているよりずっと、

以前からありました。

八、津、九、百・・・・。

絆あって此処に生まれてきたのだから、

ずっと此処の声を私は聞き続けていこうと思います。






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