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15歳の土星

2017-05-21 Sun 23:17


土星と娘の観察。

今年受験生の娘(シー)を見ていて、思うことがある。

君には無限の可能性がある・・・なんて言葉で成長してきた世代の闇。

これは私くらいの世代も少し噛んでるかもしれない。

15歳くらいで、出生の土星と現在の土星の位置がちょうど向かい合う。

世の中と向き合うという感じかもしれない。

希望的観測では進めないのが、きっと受験なんだろうな。

ここで平均的にバランスを取りながら、

どの道へも進める「可能性」を残したいのが、きっと本音だけど、

何者かになろうとするなら、

退路を断ちながら進んで行くしかない場合もある。

土星の判断は正しい。かなり正しい。

この枠を超える為の力は、15歳には無い。

自分のアイデンティティを土星と向き合いながら、どう形にするのか。

受験で悩んだり、苦しんだりした人の方が、

その後の道が確固たるものとなる・・・・と、自分の経験で思う。

何故なら、私は少しも受験で苦労していないから、その分のジレンマを後で味わった。

土星はリアルで向き合うのが一番良い。

諸葛孔明の

優れた人は静かに身を修め徳を養う

無欲でなければ 志は立たず

穏やかでなければ 道は遠い

学問は静から 才能は学から生まれる

学ぶことで才能は開花する

志がなければ 学問の完成はない


この言葉の通り、才能は学から生まれると大人になった私は知っている。

これまで、自分の才能に胡坐をかいて努力しない人を沢山見てきた。

謙虚に学ぶ人が、確実に自分を開花していく姿も沢山見てきた。

土星が出生図に鋭く効いている時期は、泣きながら、自分を呪いながら、

めちゃめちゃ考えて、何かを学ぼうと懸命に努力した人が、

その「無限の可能性」とかいう言葉の前にいつか立てるのかもしれない。

その時、きっともう、可能性を無限に求めたりしないだろうけれど。

一つでいい。

この道一つで、大丈夫だと思えること。

そこに到達できるのは、まだまだ先だけどね。

15歳と土星をもう少し観察していこう。



スミレ


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オーラ視の感想を満月の夜に書く

2017-05-11 Thu 23:27

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結井さくらさんに、オーラ視をお願いしました。

さくらさんに、上半身から下半身、全身と、私が放つ「色」を声で聴きながら、

頭の中で「色」が溢れてきて、私は生きているんだな・・・と、

そんな当たり前のコトに、ジーンときてしまった。

 
オーラとは、私が色彩を身にまとっているようなイメージでした。

世界中の全ての人達が色彩に包まれている場面を想像すると、

「好き」も「嫌い」も、「敵」も「味方」も無いような気持ちになる。

何故なら、私は全ての色が好きだから。


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背中のオーラを視ながら、「エネルギーの源はこころ」にあると言われましたが、

全くそうなのだよと、頷く。

私は基本的に自分の直感を信じない。

それが正しいとしても、そこへ向かう道を実際歩んでみて「知るコト」を選ぶ。

頭(知識)がそれを得なければ、きっと満足しない。

だけど、いつも思っている事があります。

きっと最終的に、私は「情」に叶う方を選ぶだろうな・・・と。

おい、おい、知識はどうした?と、自分に突っ込みながら。

ヘッセの「知と愛」という小説みたいだ。




それから下半身のオーラは寒色系だそうで、

もう少しグランディングした方が良いのかもと思い、

ペディキュアは「赤」にすることにしました。

でもこのまま、いつかとんずらしそうな空気感で、

ふわふわと生きていくのが、愉快だろうな。

縛られるのはまっぴらだから、誰も何も縛らないよ。



さくらさんのオーラ視の後、こんな事を一人で考えて、

時々フッと笑ってしまったり、考え込んだり、マニキュア買ったり、

他愛もない大切な時間を経験しました。

オーラ視を受ける前より、きっと私の色は幅をきかせているに違いないと思う。

パーンと放つ。

色が飛ぶ。



結井さくらのオーラ視




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