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蠍座の棘

2016-10-24 Mon 00:30

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蠍座の季節に入りました。

これから約一か月ほど、太陽は蠍座を進んで行きます。

人は誰でも才能や知識の中に、蠍座の棘を持っています。

その棘に自ら刺さらないように(気が付かないように)生活しています。

例えば、天秤座が誰からも愛される「調和」であるなら、

蠍座は、私だけしか愛せない「不調和」です。

調和を乱すから、セクシーなのかもしれません。

心に波紋を残して去っていきます。

蠍座の棘は一度刺さると、不動宮のためなかなか抜くことはできません。

無理に抜こうとすればするほど、

小さな棘は中へ入り込み、見えなくなってしまします。

そして時々痛むのです。

蠍座の痛みは、記憶の中に刻まれて、

やがてその人の説得力のような「凄み」に変化していきます。

蠍座の人は饒舌ではありませんが、

その人の一点(マニアックさに触れる)部分に関しては、

身体に響く振動のように、言葉を体感と共に伝えます。


蠍座はとてもマニアックなサインです。

誰にでも、自分だけの「不調和」を持っています。


視界は広くは無いけれど、その世界にどこまでも深く深く沈み、

地べたに手が付いたら、底から天に向かって浮上します。

そこからは射手座の物語になります。

これから紅葉が深く色ついていくように、

自分の中にあるマニアックな部分に没頭するのです。


誰の声も聴く必要もなく、

誰の批判も届かない世界。


もし全身全霊で、そこから何かを生み出すことができれば、

何十年も何百年も、誰の心も離さないものが残されるはずです。



葛飾北斎は蠍座です。

実は誕生日が私と同じなのですが、

北斎は晩年、自分を「画狂人卍」と名乗っていました。

北斎は狂っていたのだと思います。

お風呂にも入らず、着替えもせず、布団を敷いて眠ることもせず、

家には食器もなく、ただひたすらに絵を描く姿は、

傍からみたら、狂人だったことでしょう。

本人もそれを知っていたから「画狂人」と名乗ったのだから。

蠍座はそのマニアックさに狂うのです。

それは愛に関しても同じ。

マニアック過ぎて、相手から気が付いてもらえないかもしれませんが、

そんな事はどうだっていいのです。

その人の持つ、貴方を狂わせるものに、一心不乱に没頭し愛してみる。

それと心も身体も一つになってみる。

蠍座の強さはそこに滅びない力にあります。


スミレ


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私はどこから来たのか

2016-10-11 Tue 20:13

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私の友人に、坂本龍馬の生まれ変わりかもしれないと言っている人がいます。

それは本人にとっては恐れ多くて簡単に言葉にできない事ですが、

私はそれはあり得ると感じる。


例えば、坂本龍馬という人間の魂がもう一度そっくりそのまま、この世に生まれ変わると考えると、

それは大変狭い視野での見方ですが、

坂本龍馬の大本の霊系の神様、その流れの魂の分け御霊だと考えると、

坂本龍馬とその友人は兄弟のような間柄になり、

知られていない事も、何故か知っている(それは本人の性質や癖のような、資質に関わった分野において)

同じものを分け御霊として持っているからだと考えられます。

つまり「似ている」というより、「同じ流れ」なのです。

「流」という漢字は「龍」と同じ読み方をしますが、

東洋は龍と絆は大変深いものがあると、私は思います。


今、松村潔先生の宇宙探査で、自分がどの恒星から来たのか探索する会がありますが、

それもこの神流れに似ています。

昔から、プレアデスはアマテラス系だとか、

オリオンはスサノオだとか言われていました。

自分がどこから来たのかを知る事と、

自分の大本の神を知ることは、どこかでリンクするのです。

日本は海に囲まれた島国で、四方八方から沢山の神が入ってきました。

この国においては、一つの神という考え方だと、それ以上先へは進めない八方塞がりですから、

昔から、外から入って来るものに対して、柔軟に心を開くのが上手です。

司馬遼太郎氏の「街道をゆく」の中で、

対馬では、昔から海に流れ着いたものをお祀りする風習があるとされ、

それが例え、男性の下半身であっても、塚を建て祭ったそうです。

私は北部九州に生まれ育ちましたから、海から良いも悪いも入ってくることを肌身に感じて大人になりました。

元は悪くても、それがやがて良いものへ変わることも知っています。

だけどこの国は同時に、鎖国的な考え方にも対応できる一面があります。

とても興味深いことです。





私個人の話をすれば、いろいろと知っていく中で、

自分の身の程を知ることが出来ました。

精神世界の探求では、できるだけ大きな素の神と繋がろうとしますが、

私はそこには届きません。

だけど、この持ち場を強固にして、

ここで生きます。

それは全体の一部であることを受け入れて、全体になることだからです。

それから神に関して書いておきたいことは、

名もなき神がいるということ。

名を失っても、小さな声を出し続けながら、

届くことを信じて、神民の為に今もお働きされている神がいるということです。

星に勝ち負けなく、

恒星に上下はなく、

神に強いも弱いもなく。

全てが必要であることを知るのが、

大本への帰還であると思うのです。




スミレ






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金星と天王星

2016-10-08 Sat 00:26

金星が蠍座に入っていますね。

私はネイタルの金星が蠍座ですから、実感を持って「蠍座の金星」を語ると、

かなり面倒くさい人になるので、爽やかに少しだけ・・・・。


蠍座の金星は、相手の気持ちに対して欲張りなイメージがあります。

全身全霊で愛するから、同じように愛されることを望むとされているとおり。

金星は受諾する(受け取る)天体ですが、蠍座の金星はかなりの目利きです。

全身全霊なのですから、ストライクゾーンは狭めです。

広かったら、ちょっと世の迷惑ですから、そこのところはシビアです。

入口はかなり狭く、出口はもっと狭いのが特徴です。

ようするに、入るは困難で、出るには神業が必要。

生きる意味と死ぬに足る理由のようなものを求めるところがあります。

金星に生きるとか死ぬとか、かなり大スペクタクルなスケールです。

蠍座は基本的に、とてもプライドが高いので、

上辺だけの恋愛とか快楽には、恥ずかしすぎて没頭できません。

だからと言って、誰から見ても素敵な男性に恋をしたりもしません。

自分のストライクゾーンに直球投げ込んできた男性のみに、

その全身全霊とか、生きるとか死ぬとか、持ち出すのです。

そんな人は滅多にいないので、蠍座の金星は人生の大半はとても静かに余生を送ります。

蠍座に金星が入っている間、私は魚座の海王星と同じ位に、

牡牛座の天王星も使えると良いなと思う。

海王星と金星の組み合わせは、ロマンチだけど人魚姫みたいに海の泡になりそうだから。

何が起きても水に流して終わりじゃあつまらない。

牡羊座の天王星と蠍座の金星は面白い。

裏で火星が糸を引く感じです。

牡羊座の天王星が、かなり保守的な趣で実は深い情感をもった金星に「矛盾」の一撃をくらわすと、

攻めの火星と、守りの火星に火がつくかもしれない。

天王星も牡羊座も、とりあえずビビビッときたら直撃な姿勢で、

蠍座金星の防御に揺らぎを与えて欲しいです。

蠍座はしつこいから、この揺らぎはかなり響くと思う。

水には流せないまま、ずっと「あれは何だったんだ?」と問いかけ続けそう。

牡羊座も蠍座も古典では支配性が「火星」グループで、

牡羊座の思い付きのような直感行動も、蠍座が「忘れさせないからな!」というノリで、

引っ張りそうです。天王星の方が強いけれどね。

私の金星は最近とても守りが固いので、

こんな個人的な星の使い方を妄想しています。


スミレ










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女神という存在

2016-10-06 Thu 00:27


私の守護神についてのお話です。


先日、鞆の浦へ行ったとき、

岬の上にある「淀姫神社」を地図で発見しました。

淀姫は私の守護神です。

私と淀姫の出会いは、10年以上前になります。

神霊家の先生に、そう告げられたのが最初でした。

そう告げられても、よく解らない・・・というのが本音です。

ただそれから、行く先々で、淀姫との出会いがあって、

少しずつ「淀姫」との絆を感じるようになりました。


淀姫は「世止日女」とも「與止日女」とも書きます。

佐賀の嘉瀬川のほとりに、肥前国一之宮「与止日女神社」があり、

この近くには巨石パークがあり、そこの巨石は「世田姫」のご神体とされています。

嘉瀬川はとても好き。

巨石パークでは不思議な体験をしました。

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ある巨石を写真に撮った時、光が集まってきて七色になりました。

私を知っているみたいだった。

それからしばらくして、私が生まれ育った場所が、

ずっと昔、「勢止」と呼ばれていたことを知って、

「世止」と「勢止」は同じ読み方をすることに気が付く。

今は当たり前のように、淀姫は私の守護神だと思っています。

世止日女は、神功皇后の妹とされていたり、

豊玉姫の妹とされていたりします。

先日、鞆の浦で見つけた淀姫神社は、神功皇后の妹とされていました。

それはどちらにしても、海に漕ぎ出でる神女の妹という点で同じです。

自分の守護神は、自分が生まれ育った土地や歴史に何だかの関係を持っています。

淀姫のエネルギーを自分に降ろして何かをしようとしたことは1度もないけれど、

それはその時が来たらの話。

今回の新月で宮島へお参りに行って、

その後に廻った瀬戸内の島や岬は、一つのコトだけを私に伝えている感じがして、

月末の誕生日を前に、ここである程度準備は整ったかもしれない。

そんな事を感じる今日この頃です。



スミレ







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