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蠍座と木星

2017-10-07 Sat 00:51

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10日に蠍座に木星が入りますね。時間ってぶつ切りで存在しているものではないので、
木星と天秤座を踏まえて考えてみようと思います

バランス重視の天秤座から、極端に振り切る蠍座へ木星が入ると、
物事に深く関わり、見つめきる事で、今まで踏み入れなかった領域へ進行していく事が出来ます。
人間関係においても、興味のある分野についても、これまでより一歩踏み込む感じ。
蠍座は清濁を合わせ飲むサインですから、
基準が「正しい」とか「間違っている」ではない。
天秤座の天秤から零れ落ちた、心の欠片を拾い集めて、
間違っているコトも、必要なら自分の一部にしていくサインです。
蠍座木星期は、天秤座木星期で収穫した・・・(例えそれが満足できない結果であっても)
それを融解して区別がつかなくなるまで、見えなくしていく時期だと思う。
蠍座は水のサインで、その水とは「精液」のように沢山の情報を所有していながらも、
その遺伝子は目では区別できません。
遺伝子は良いも悪いも、勝ちも負けも含んでいます。
ある意味、コントロールできないものへ変化させていくサインです。
人がコントロールして生産していくものには、限界があります。
それは自分たちの「損」にならない程度のモノしか生まれてこないからです。
かつて、ナチス政権が遺伝の優越を厳選し、
劣っている遺伝子を徹底的に排除しようとしましたが、
蠍座はそこに刻まれた情報に、上も下もない世界。
今回、ノーベル文学賞を受賞された作家の作品にも、試験管で、
クローン人間を造り、臓器を提供させるという物語を書かれていますが、
蠍座木星期にどこかリンクするなあと感じました。
現在、優秀な遺伝子をピックアップして、誰かの思い通りの子供を産むコトも現実化されそうな時代です。
蠍座の守護星は「冥王星」ですが、この天体には人間の損得勘定は適応されません。
だから蠍座木星期は、これは有意義だから残そうとか、
これは不利益だから捨てようとか、そのような基準を用いない方が良いのです。
漫画のナウシカのラストで、ナウシカが清浄な人間を創り出すプロセスを破壊して、、
命は闇から生まれ、闇へ帰るのだ!と言い切る感じ。

何故なら、滅びは蠍座の一部。

蠍から毒を取り除けば、それは蠍ではありません。
ただの乾いた無抵抗な虫です。

正しいけれど、つまらないモノより、
間違っているかもしれないけれど、惹きつけられるモノを選んで下さい。
それを体内で分解し、自分の一部として下さい。
そこから物語は始まります。
そこから自分の目先の都合を超えた、不都合なものが生まれ、
根底から自分を揺るがし、
そして私たちは、超えられない壁を超えるのだと思うのです。



菫   


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秋分と死者の書

2017-09-18 Mon 23:17

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民俗学者である折口信夫氏が書いた「死者の書」という物語があります。

この物語の主人公は中将姫こと「郎女」で、奈良時代に実在した女性です。

郎女が春分の日、二上山に沈む太陽を見ていると、美しい男の姿がそこに現れます。

その男は飛鳥時代に実在した、天武天皇の子である「大津皇子」です。

大津皇子は謀反を疑われ21歳の若さで無念まま亡くなっています。

飛鳥時代と奈良時代、時空を超えて、春分の日に郎女と大津皇子は出会うのです。

大津皇子は死霊として毎晩、郎女の元へやってきては子孫を残せなかった無念をぶつけます。

郎女が大津皇子の恋人と似ていたからです。

私も行きずりの落ち武者の幽霊に寝込みを襲われた経験があるので、

大津皇子が郎女の前に現れる感じが、何となく自分の中で想像できます。

大津皇子は天皇家の血統であり、男でもありますから、

当然、我が血をひく子を残したかった。


郎女は大津皇子を慰める為に、秋分の日から蓮の糸で曼荼羅を織り始めます。

最終的に曼荼羅の中心の阿弥陀如来と大津皇子は一体化していきます。



春分に始まった死者との逢瀬は、大津皇子の願いは叶わずとも、

秋分に「曼荼羅」とう実を結びました。

大津皇子の望んだ事とは違う「形」で結実するのです。

それは天皇家の血筋(古来の神々)が、郎女の仏教信仰と結合するのと重なります。


今年の秋分のホロスコープを見ていると、この「死者の書」を如実に思い描けます。

太陽が天秤座に入った瞬間の天体図は、

乙女座の火星と魚座の海王星が180度で向き合っていて、

大津皇子(死霊)の激しい思念は、魚座の海王星(郎女の織る曼荼羅)で浄化されていくようです。

そして牡羊座の天王星と天秤座の木星は、

お互いのサインの最終局面に入った状態で180度で向き合います。

牡羊座の天王星(野生の直感)が、天秤座の木星(調和と許し)へ注がれる。

春分で始まった郎女と大津皇子の時間も距離も超えた交流は、

秋分で曼荼羅を織るという、実に調和の取れた美しい方法で融合するのです。

秋のお彼岸は命の分かれ目を示すものでもありました。

その年のお米の出来高を知る時期だからです。

この時期、私たちの祖先は冬を越せるか(生きられるか)どうかの審判を受けてきました。

不作であっても、もうどうする事もできません。

秋分の結果はあるがままなのです。

曼荼羅は非常に調和のとれた美しいバランスで構成されています。

それは悲しくても、 嬉しくても、不遇でも、

そこに自己を無くして無私の目で見つめると、

それは愛しい面影が残る、時間の一欠けらです。

秋分は、収穫した結晶(欠片)を構成し配置していくス新たなスタートライン。

ここからは、その個人の心持と、そして導いてくれる見えない声が大切になります。

10月に木星が蠍座に入るのと、今回の秋分図は一つの流れで捉えると良いと思います。

木星が蠍座に入るコトについては、また次回に・・・・。







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天体が入っていないハウス

2017-02-18 Sat 01:10



ホロスコープで天体が入っていないハウスについて。

天体は役者(性質やスキル)を現し、

サインは衣装(環境)を現し、

アスペクトは関係を現し、

ハウスは舞台(場面)を現します。


もし生まれてくる前に神様と相談しながら、自分のホロスコープを作れると仮定してみて下さい。

12サイン、12ハウスのホロスコープに配置できる役者の数は10人です。

(その中には、人の形態をとっていないものも混ざっています)

人は生まれてくる前に、それまでの過去生に残してきた宿題を次こそはと考えます。

それが「幸せになる」といシンプルなものであっても、

そこには沢山の思いが込められています。

どんな幸せが欲しいのか、

何故その幸せを望むのか、

それはこれまでの反省や、これからの課題が満載です。


自分のホロスコープの中の太陽の位置を確かめてみて下さい。

そこは生まれてくる前に、どの舞台でどんな衣装を着て何をしたいのか、

そんな希望の証です。

神様と相談しているのですから(魂の霊系の長とも考えれますが)

その配置は自分一人のものではありません。

そこに「役割」が生まれます。

12サインと12ハウスの中に、10人しかいない役者を配置しながら、

プラスをマイナスとし、マイナスからプラスが生まれる事を想定します。

それはとても複雑なプロジェクトです。

家系、両親、兄弟、友人、恋人、配偶者、子供、上司、同僚・・・・

あらゆる出会いはすでに組み込まれていて、

自分にとって何が大切なのか知る旅が始まります。


天体がいくつも入っているハウスは、

私は強い「我」を感じます。

拘りです。

それはある意味、自信のない部分である感じもします。

ここまで投入しとけば、何とかやってくれるだろうと・・・・。

私のホロスコープで例えると10ハウスです。

ここに6人の役者を投入しています。

10ハウス自体、カルマのハウスであると私は考えるので、

よほどの強い思い入れがあるのだと思う。

それでは役者がいないハウスは?と考えた場合、

それは「自信のある分野」であるか、

出会いによって、そのハウスに後天的に役者が入ってくるかだと考えます。

私のホロスコープを例えにすると、

10ハウス(仕事)に6人入っていますが、2ハウス(稼ぐスキル)や6ハウス(労働形態)には、

一つの天体も入っていません。

こらこら、10ハウスを実行するスキルとかどう働くかは無しか?となりますが、

自分の感覚で分析してみると、2ハウスは魚座、6ハウスは双子座で、

その支配星の二つとも10ハウスに入っています。

物凄く簡潔に言えば、出張しているみたいです。

もし6ハウスは山羊座なら、土星がどこに出張しているのか確認してみて下さい。

それから、メインになるハウスと天体、それを支えるサブのハウスと天体というものがあります。

私のホロスコープの場合、メインは10ハウスです。紛れもなくです。

だから2ハウスと6ハウスの支配星を出張と例えましたが、

サブの役割はもっと遊び的要素を感じます。

私のサブは9ハウスにある火星と天王星です。

ハウスの繋がりで考えると、3ハウスと7ハウス、それから11ハウスに注目します。

3ハウスは牡羊座で、その支配星の火星が9ハウスに遊びに来ている。


天体が入っていないハウスは、ホロスコープと対話しながら、

何狙い?とか言いながら、

12サイン、12ハウス、10天体を実際に頭の中で動かしながら考えてみると、

新しい発見があるとおもいます。



菫(Sumire)




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蠍座の棘

2016-10-24 Mon 00:30

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蠍座の季節に入りました。

これから約一か月ほど、太陽は蠍座を進んで行きます。

人は誰でも才能や知識の中に、蠍座の棘を持っています。

その棘に自ら刺さらないように(気が付かないように)生活しています。

例えば、天秤座が誰からも愛される「調和」であるなら、

蠍座は、私だけしか愛せない「不調和」です。

調和を乱すから、セクシーなのかもしれません。

心に波紋を残して去っていきます。

蠍座の棘は一度刺さると、不動宮のためなかなか抜くことはできません。

無理に抜こうとすればするほど、

小さな棘は中へ入り込み、見えなくなってしまします。

そして時々痛むのです。

蠍座の痛みは、記憶の中に刻まれて、

やがてその人の説得力のような「凄み」に変化していきます。

蠍座の人は饒舌ではありませんが、

その人の一点(マニアックさに触れる)部分に関しては、

身体に響く振動のように、言葉を体感と共に伝えます。


蠍座はとてもマニアックなサインです。

誰にでも、自分だけの「不調和」を持っています。


視界は広くは無いけれど、その世界にどこまでも深く深く沈み、

地べたに手が付いたら、底から天に向かって浮上します。

そこからは射手座の物語になります。

これから紅葉が深く色ついていくように、

自分の中にあるマニアックな部分に没頭するのです。


誰の声も聴く必要もなく、

誰の批判も届かない世界。


もし全身全霊で、そこから何かを生み出すことができれば、

何十年も何百年も、誰の心も離さないものが残されるはずです。



葛飾北斎は蠍座です。

実は誕生日が私と同じなのですが、

北斎は晩年、自分を「画狂人卍」と名乗っていました。

北斎は狂っていたのだと思います。

お風呂にも入らず、着替えもせず、布団を敷いて眠ることもせず、

家には食器もなく、ただひたすらに絵を描く姿は、

傍からみたら、狂人だったことでしょう。

本人もそれを知っていたから「画狂人」と名乗ったのだから。

蠍座はそのマニアックさに狂うのです。

それは愛に関しても同じ。

マニアック過ぎて、相手から気が付いてもらえないかもしれませんが、

そんな事はどうだっていいのです。

その人の持つ、貴方を狂わせるものに、一心不乱に没頭し愛してみる。

それと心も身体も一つになってみる。

蠍座の強さはそこに滅びない力にあります。


スミレ


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新月と日食と魂

2016-08-31 Wed 23:57

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私が知るままを書く。

明日は乙女座の新月で、アフリカ中部では金環日食が見られる。

マダカスタルはアフリカの秘島だった。

アフリカの信仰は祖霊を敬うものが柱になるが、

日食は胎児に影響を及ぼすと言われ、見えないものが、見えない世界で宿る。

そして時が満ち目に見える者として生まれてくるのだ。

それがアフリカで起こるのであれば、祖霊との縁が深いものとなる。

新月は乙女座の10度のサビアンは「2つに頭が自分たちの影とその向こうを見る」だ。

情念の呪縛と、真の自由の獲得を意味する度数だが、連想する言葉が一つある。

「禁忌」

タブーだ。

そこに入ってはいけない。

それを知ってはいけない。

それを見てはいけない。

それ(タブー)を破れば、無傷ではいられないであろう。

そんな言い伝えは日常に転がっている。

この乙女座の10度で新月が起こり、この日にアフリカで日食が見られるのならば、

その「タブー」を侵さなくてはいけない時が来たということ。

それを知らなければ(知らないふりをすれば)、それなりに心に平和を保て、

自分を守るために、通る道をあらかじめ決めて、目的地もある程度定められたが、

その道を外れて、どこかへ行かねばならないのだ。

眠りから目覚める。

祖霊・・・原始の母がそれを産むのだ。

「2つの頭が自分たちの影とその向こうを見る」

情念の「掟」に縛られていた自分から、もう一人ここで出産し、

(自分で自分をもう一人産みだし)

その者と並んで、タブーとその先を見る。

そんな恐ろしいコトを、私は好きでしたいとは思わない。

だけどそれは意識しなくても、無意識レベルで起こる。

明日は「宿す」

そして臨月がきたら、産み落とす。

2017年2月11日の満月は月食。

孕んだものは、その時に生まれる。











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