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天体が入っていないハウス

2017-02-18 Sat 01:10



ホロスコープで天体が入っていないハウスについて。

天体は役者(性質やスキル)を現し、

サインは衣装(環境)を現し、

アスペクトは関係を現し、

ハウスは舞台(場面)を現します。


もし生まれてくる前に神様と相談しながら、自分のホロスコープを作れると仮定してみて下さい。

12サイン、12ハウスのホロスコープに配置できる役者の数は10人です。

(その中には、人の形態をとっていないものも混ざっています)

人は生まれてくる前に、それまでの過去生に残してきた宿題を次こそはと考えます。

それが「幸せになる」といシンプルなものであっても、

そこには沢山の思いが込められています。

どんな幸せが欲しいのか、

何故その幸せを望むのか、

それはこれまでの反省や、これからの課題が満載です。


自分のホロスコープの中の太陽の位置を確かめてみて下さい。

そこは生まれてくる前に、どの舞台でどんな衣装を着て何をしたいのか、

そんな希望の証です。

神様と相談しているのですから(魂の霊系の長とも考えれますが)

その配置は自分一人のものではありません。

そこに「役割」が生まれます。

12サインと12ハウスの中に、10人しかいない役者を配置しながら、

プラスをマイナスとし、マイナスからプラスが生まれる事を想定します。

それはとても複雑なプロジェクトです。

家系、両親、兄弟、友人、恋人、配偶者、子供、上司、同僚・・・・

あらゆる出会いはすでに組み込まれていて、

自分にとって何が大切なのか知る旅が始まります。


天体がいくつも入っているハウスは、

私は強い「我」を感じます。

拘りです。

それはある意味、自信のない部分である感じもします。

ここまで投入しとけば、何とかやってくれるだろうと・・・・。

私のホロスコープで例えると10ハウスです。

ここに6人の役者を投入しています。

10ハウス自体、カルマのハウスであると私は考えるので、

よほどの強い思い入れがあるのだと思う。

それでは役者がいないハウスは?と考えた場合、

それは「自信のある分野」であるか、

出会いによって、そのハウスに後天的に役者が入ってくるかだと考えます。

私のホロスコープを例えにすると、

10ハウス(仕事)に6人入っていますが、2ハウス(稼ぐスキル)や6ハウス(労働形態)には、

一つの天体も入っていません。

こらこら、10ハウスを実行するスキルとかどう働くかは無しか?となりますが、

自分の感覚で分析してみると、2ハウスは魚座、6ハウスは双子座で、

その支配星の二つとも10ハウスに入っています。

物凄く簡潔に言えば、出張しているみたいです。

もし6ハウスは山羊座なら、土星がどこに出張しているのか確認してみて下さい。

それから、メインになるハウスと天体、それを支えるサブのハウスと天体というものがあります。

私のホロスコープの場合、メインは10ハウスです。紛れもなくです。

だから2ハウスと6ハウスの支配星を出張と例えましたが、

サブの役割はもっと遊び的要素を感じます。

私のサブは9ハウスにある火星と天王星です。

ハウスの繋がりで考えると、3ハウスと7ハウス、それから11ハウスに注目します。

3ハウスは牡羊座で、その支配星の火星が9ハウスに遊びに来ている。


天体が入っていないハウスは、ホロスコープと対話しながら、

何狙い?とか言いながら、

12サイン、12ハウス、10天体を実際に頭の中で動かしながら考えてみると、

新しい発見があるとおもいます。



菫(Sumire)




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蠍座の棘

2016-10-24 Mon 00:30

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蠍座の季節に入りました。

これから約一か月ほど、太陽は蠍座を進んで行きます。

人は誰でも才能や知識の中に、蠍座の棘を持っています。

その棘に自ら刺さらないように(気が付かないように)生活しています。

例えば、天秤座が誰からも愛される「調和」であるなら、

蠍座は、私だけしか愛せない「不調和」です。

調和を乱すから、セクシーなのかもしれません。

心に波紋を残して去っていきます。

蠍座の棘は一度刺さると、不動宮のためなかなか抜くことはできません。

無理に抜こうとすればするほど、

小さな棘は中へ入り込み、見えなくなってしまします。

そして時々痛むのです。

蠍座の痛みは、記憶の中に刻まれて、

やがてその人の説得力のような「凄み」に変化していきます。

蠍座の人は饒舌ではありませんが、

その人の一点(マニアックさに触れる)部分に関しては、

身体に響く振動のように、言葉を体感と共に伝えます。


蠍座はとてもマニアックなサインです。

誰にでも、自分だけの「不調和」を持っています。


視界は広くは無いけれど、その世界にどこまでも深く深く沈み、

地べたに手が付いたら、底から天に向かって浮上します。

そこからは射手座の物語になります。

これから紅葉が深く色ついていくように、

自分の中にあるマニアックな部分に没頭するのです。


誰の声も聴く必要もなく、

誰の批判も届かない世界。


もし全身全霊で、そこから何かを生み出すことができれば、

何十年も何百年も、誰の心も離さないものが残されるはずです。



葛飾北斎は蠍座です。

実は誕生日が私と同じなのですが、

北斎は晩年、自分を「画狂人卍」と名乗っていました。

北斎は狂っていたのだと思います。

お風呂にも入らず、着替えもせず、布団を敷いて眠ることもせず、

家には食器もなく、ただひたすらに絵を描く姿は、

傍からみたら、狂人だったことでしょう。

本人もそれを知っていたから「画狂人」と名乗ったのだから。

蠍座はそのマニアックさに狂うのです。

それは愛に関しても同じ。

マニアック過ぎて、相手から気が付いてもらえないかもしれませんが、

そんな事はどうだっていいのです。

その人の持つ、貴方を狂わせるものに、一心不乱に没頭し愛してみる。

それと心も身体も一つになってみる。

蠍座の強さはそこに滅びない力にあります。


スミレ


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新月と日食と魂

2016-08-31 Wed 23:57

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私が知るままを書く。

明日は乙女座の新月で、アフリカ中部では金環日食が見られる。

マダカスタルはアフリカの秘島だった。

アフリカの信仰は祖霊を敬うものが柱になるが、

日食は胎児に影響を及ぼすと言われ、見えないものが、見えない世界で宿る。

そして時が満ち目に見える者として生まれてくるのだ。

それがアフリカで起こるのであれば、祖霊との縁が深いものとなる。

新月は乙女座の10度のサビアンは「2つに頭が自分たちの影とその向こうを見る」だ。

情念の呪縛と、真の自由の獲得を意味する度数だが、連想する言葉が一つある。

「禁忌」

タブーだ。

そこに入ってはいけない。

それを知ってはいけない。

それを見てはいけない。

それ(タブー)を破れば、無傷ではいられないであろう。

そんな言い伝えは日常に転がっている。

この乙女座の10度で新月が起こり、この日にアフリカで日食が見られるのならば、

その「タブー」を侵さなくてはいけない時が来たということ。

それを知らなければ(知らないふりをすれば)、それなりに心に平和を保て、

自分を守るために、通る道をあらかじめ決めて、目的地もある程度定められたが、

その道を外れて、どこかへ行かねばならないのだ。

眠りから目覚める。

祖霊・・・原始の母がそれを産むのだ。

「2つの頭が自分たちの影とその向こうを見る」

情念の「掟」に縛られていた自分から、もう一人ここで出産し、

(自分で自分をもう一人産みだし)

その者と並んで、タブーとその先を見る。

そんな恐ろしいコトを、私は好きでしたいとは思わない。

だけどそれは意識しなくても、無意識レベルで起こる。

明日は「宿す」

そして臨月がきたら、産み落とす。

2017年2月11日の満月は月食。

孕んだものは、その時に生まれる。











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天命尽きる時

2016-08-08 Mon 01:52

諸葛孔明

中国の三国時代に活躍した、天才軍師である諸葛孔明は、

五丈原での戦いの途中、亡くなってしまうのですが、

その時のホロスコープを史実を元に作ってみました。


星有り
赤くして芒角あり
東北より、西角に流
亮の営に投じ
三投再環


234年8月23日の夜、諸葛亮の陣営に赤い星が三度流れ、諸葛亮の命は尽きた。

時間は星が流れる夜であるから、21時頃でホロスコープを制作しました。

諸葛亮は54歳でこの世を去るのですが、木星期の終わりに差し掛かった頃になります。

この日は獅子座の後半に太陽を始め、金星、水星、冥王星が集まっています。

月は山羊座にあって、天王星を通り過ぎた後。

この月を読むのは、奥が深いと思いますがここでは言及しません。

諸葛亮は、亡き主君の志を継ぎ、北伐へ向かいその半ばで命を落とすのです。

牡羊座の海王星は、獅子座の天体に120度のアスペクトを取り、

牡牛座の土星は、獅子座の天体に90度のアスペクトを取り、

双子座の木星は、獅子座の天体に60度のアスペクトを取っています。

北伐は諸葛亮にとって、避けては通れない宿命であり、

無理だから止めるとか、出来そうだから進むとかいう次元での話ではありませんでした。

獅子座に集まった太陽、金星、水星、冥王星は、王道を最後まで突き進すみ、

ここで進退窮まるように、土星(時間・寿命)から「行かず」と後ろから引き戻されていて、

双子座の木星は、獅子座の天体の状態に余裕を持たせています。

そして牡牛座の海王星は、獅子座の天体の動きに撹乱を与えるのです。

諸葛亮は臨終の最中に、自分が死んだことを相手に決して知られることないよう、

撤退する方法を細かに書き残していたとされています。

土星は現実的に進軍を止める力を持ち、それは寿命という逃れらない事実で襲ってきたが、

獅子座の天体を諸葛亮の陣営だとすれば、

木星と海王星という、幸運で幻想的な星が、土星を囲むような形で、

この撤退を助けるのです。

諸葛亮の軍が撤退を始めた時、相手は襲い掛かってこようとしましたが、

諸葛亮が残した策と、諸葛亮がまだ生きていると信じるが故にその手腕を恐れて進軍を止めます。

「死せる孔明、仲達を走らす」

これはこの時に生まれた言葉です。

私がいつも思うのは、あと1年でも寿命が残っていたら・・・と思う英雄が多いこと。

私が何もしないで、ただボンヤリと日々を過ごしていると、いつか「あの時」の掛け替えのなさを知る事になると感じます。

人の命は計り知れないもので、今日生きていることを無駄にはしたくないと思うのです。


机に書き留めて、いつも自分を律している、諸葛孔明の言葉があります。


優れた人は静かに身を修めて徳を養う
無欲でなければ 志は立たず
穏やかでなければ 道は遠い
学問は静から 才能は学から生まれる
学ぶことで才能は開花する
志がなければ 学問の完成はない


この文章を読むたびに、勉強しようと思うのです



スミレ


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新月から秋へ向かう

2016-08-05 Fri 01:30

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月は生まれた時から存在してた、とても古い街や、古城のような場所で、

それは受け入れざる負えない環境です。

何故ならそれは「心」だから・・・・。

月が表す感情とは、とても流動的な力です。

水のサインでは、流れゆくものであり、

風のサインでは、通り過ぎていくものであり、

火のサインでは、燃え尽きるものであり、

土のサインでは、移り変わるものです。

私の月は水のサインで、感情は流れていくものですが、

土星が180度でアスペクトを作っているため、

水は入れ物に入り、形作られて、流れていきません。

4ハウスの土星の深い井戸へ、10ハウスの月は流れ落ちて留まるのです。

流れない水は、汲み上げられて、生きるために使われます。

私の月(感情)は、土星に管理されて用いられるのです。

だから役に立たない「感情」を私は嫌います。

役に立つ、立たないという基準は、感情の生まれるに至る「願望」とは関係ありません。

それは社会生活の中での基準に照らし合されて行くだけです。



獅子座の月、特に新月は、純粋な火です。

今日は火星が射手座にはいりました。

これで射手座が放つ矢じりに火が灯され、

どんな暗がりでも、矢を射ることができるでしょう。

火星の順行は、この夏のひと段落です。

星空はだんだん、秋へと向かっていきます。

実は夏至を過ぎたら、次は秋分へと歩みは進みます。

9月には木星が天秤座に入ります。

秋分点である天秤座に木星が入るのです。

天秤座の木星は、受け取り上手。

どんな些細な収穫も、そこに宇宙の恵みが詰まっていると思いだし、

喜び勇んで受け取りましょう。

たった一粒の米粒も、黄金のように拾い上げて、たたえるのです。


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星が動くと、空気感が変わる。

火星と木星の移動で、これまで隠し通せたことが、隠せなくなったりしますが、

永遠の秘密は、人の世には無いものです。


新月と満月のチャネリング・アートについて


スミレ



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